我が国初のヒーロー 倭建命 第四回



素手で伊吹の神と対決しに行った倭建命の前に、牛ほどの大きさの白い大猪が現れました。
この白い猪を神の使者と思った倭建命はこれを無視しますが、実際は猪は神そのものでした。神は大氷雨を降らし、倭建命(やまとたけるのみこと)は失神してしまいます。山を降りた倭建命は、居醒めの清水(いさめのしみず)で正気をやや取り戻しますが、病(やまい)の身となっていました。
弱った体で大和を目指して、当芸(たぎ)、杖衝坂(つえつきざか)、三重村(みえむら)と大和に向かって進んでいきます。

伊勢国(いせのくに)能煩野(のぼの)に着いた倭建命は

「倭(やまと)は国のまほろば たたなづく 青垣(あおがき) 山隠(やまごも)れる 倭し麗(うるわ)し」

「乙女の床のべに 我が置きし 剣の大刀(たち) その大刀はや」

などの四首(よんしゅ)の国偲び歌を詠って亡くなってしまいます。

倭建命の死の知らせを聞いて、后(きさき)や御子(みこ)たちが大和から訪れ、誰もが泣き崩れました。すると、倭建命の魂が、大きな白鳥となり、海に向かって飛んでいきました。后や御子たちは白鳥を追いかけますが、追い付くことは出来ませんでした。

白鳥は河内の国の志幾(しき)に降り立ち、しばらく立ち去りませんでした。そこで、この地に倭建命の墓が造られ、その魂を祀りました。

「日本書紀」では、「古事記」と違い、能褒野陵(のぼののみささぎ)に埋葬された事になっていますが、いずれにせよ、倭建命(日本武尊(やまとたけるのみこと))のお墓のことを、白鳥陵(しらとりのみささぎ)と呼びます。

白鳥は、やがて天に翔り、行ってしまいます。

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