神武(じんむ)天皇は存在したのか?



「古事記」や「日本書紀」に関連した本を読むと、しばしば、「神武天皇は架空の天皇である」という描写を目にすることがあります。

戦後の歴史学者たちの間では、神武天皇どころか、
綏靖(すいぜい)、安寧(あんねい)、懿徳(いとく)、孝昭(こうしょう)、孝安(こうあん)、孝霊(こうれい)、孝元(こうげん)、開化(かいか)、までの初代から九代までの天皇について、実在しなかった、という事が定説になってしまっています。
「実在を証明する説はない」などと言って、根拠を示さない学者ばかりです。

ある学者などは「天皇の地位は神代より、万世一系、切れ目なく順当に相続され、日本国家はその支配の下(もと)に、平和的に発展したのでなければならない。この条件に合わない言い伝えは切り捨てられたり、条件に合うように作り変えられたりして「古事記」「日本書紀」が出来上がったのである」などと言っているが、その割には血生臭い話も掲載されており、本当に読んだことがあるのか、疑わしいものである。ならば、皇室の先祖である、須佐之男命(すさのおのみこと)や瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)などについても、あれ程、だらしなく記載する必要がないであろう。日本神話が後世の作り話で、かつ皇統の先祖を讃えたいのであれば、あれ程までに人間的に描写する必要がありません。

更に、「「古事記」「日本書紀」の編者が、天皇の紀元を出来るだけ古くしようとしたのも同じ目的である。そのためにありもしない天皇の名前を作って差し加えた。」と書いていますが、これは勝手な思い込みで根拠がありません。

開化天皇までを全否定する連中は、主に天皇の寿命が長い事だけを問題視しています。確かに初期の天皇は寿命が長いのですが、もし編者が本当に皇統の歴史を古くしようとしたのならば、後世の人から疑問を持たれるような、異常に長い寿命の天皇の記録は、むしろ残さなかったと思われます。もっと普通の寿命の天皇の数を増やしたはずです。

「初代から十四代の天皇は実在の確認が出来ない」などと言ってる学者もいますが、だったら、カエサルやクレオパトラも実在の確認は出来ませんが。要するに、こういった歴史学者は「古事記」や「日本書紀」の記述を全否定して、自分たちの勝手な思い込みで、初期の天皇を否定しているのが、戦後の歴史学界です。異論を唱えるのは構いませんが、それならば、その根拠となる証拠を示すべきであって、さもなけば、単なる妄想に過ぎません。

信じがたい事ですが、大東亜戦争敗北後の日本の歴史学界は妄想に基づいた空気が醸成されてしまって、誰も堂々と「神武天皇は実在した」と主張できない有様となってしまいました。

戦後の歴史学界が歪んでしまった原因は主に二つあると言われていて、一つ目は、アメリカ占領軍の検閲。日本人が二度とアメリカに歯向かう事のないように、祖国への誇りを奪う検閲活動を実地しました。しかも出版後に検閲しました。検閲に引っかかると出版社に回収を命じられるために、大損するようになります。そのうちに、出版社側は、検閲に引っかからないために、日本を悪く書くようになりました。二つ目は、1946年に教職追放令が施行されて、マトモな歴史学者や歴史研究家が、軒並み、教育界から姿を消してしまった、という事実があります。残った歴史学者たちは、GHQに逆らわないように、日教組と一緒になって、自虐史観を広めていくことになります。

本来は学問なので、様々な資料や事実に基づいて、判断していくべきものなのですが、敗戦後の日本の歴史学界は、全てが自虐的になってしまい、史書や考古学の資料を見ても、率直な解釈を導く事が出来ないようになっていきました。

ところが、近年では、様々な技術や科学の発展もあり、「記紀」に書かれていることが相当に正しい事が証明され始めています。それにも関わらず、歴史学者は自虐史観に囚われていて考え方を改めません。怠慢だけで済まされることではありません。

神武天皇の東征の歴史の正しさを証明してくれたのは、地形学の発展です。いつよりも前なのかについても、科学的に証明してしまいました。詳しくは「神武東征」の動画で、これについて説明していきます。

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