大国主と出雲の国譲り 第三話



出雲国を中心に日本国が繁栄しようとしていた頃、高天原(たかあまはら)においでになる天照大御神は、「葦原中国(あしはらのなかつくに)は私の子、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみ)が治めるべき国である」と詔(みことのり)し、天忍穂耳命(あめのおしほみみ)、天菩比命命(あめのほひのみこと)、天若日子(あめのわかひこ)に天降り(あまくだり)を命じたが、皆、大国主(おおくにぬし)に取り込まれてしまいます。

高天原(たかあまはら)の思金神(おもいかねのかみ)は鳴女(なきめ)という雉を送り、天若日子の真意を糺すよう天照大御神に進言しました。すると天若日子は弓矢で鳴女を射殺してしまいました。その矢は鳴女の胸を貫き天照大御神と高御産巣日神のもとに届き、これを拾った高御産巣日神は、「悪神を射た矢なら天若日子には当たらぬが、天若日子に悪い心があるなら当たる」と言挙げし、矢を投げ返すと、その矢は天若日子命の胸を貫いてしまいます。

天照大御神が八百万の神々に今度はどの神を派遣すべきかとお尋ねになると、思金神と八百万の神々は「伊都尾羽張神(いつのおはばり)か、その子の建御雷之男神(たけみかづちのお)を遣わすべき」と答えました。伊都尾羽張神が何だかんだ言い訳したため、天照大御神は、建御雷神に天鳥船神(あめのとりふね)を副えて葦原中国(あしはらのなかつくに)に遣わしました。

建御雷神と天鳥船神は、出雲国の伊那佐之小浜(いなさのおはま)に降り至って、十掬剣(とつかのつるぎ)を抜いて逆さまに立て、その切先にあぐらをかいて座り、大国主神に「この国は我が御子が治めるべきであると天照大御神は仰せられた。それをどう思うか」と訊ねました。大国主神は、自分の前に息子の八重事代主神(やえことしろぬし)に訊ねるよう言いました。事代主神はその時、鳥や魚を獲りに出かけていたため、天鳥船神が事代主神を連れて帰り、国譲りを迫ったところ、これに対して事代主神(ことしろぬし)が「恐れ多いことです。言葉通りこの国を差し上げましょう」と答えると、船をひっくり返し、逆手を打って船の上に青柴垣(あおふしがき)を作って、その中に隠れました。

建御雷神が「事代主神は承知したが、他に意見を言う子はいるか」と大国主神に訊ねると、大国主神はもう一人の息子の建御名方神(たけみなかた)にも訊くよう言いました。その時、建御名方神が千引石(ちびきのいわ)を手の先で持ち上げながらやって来て、「ここでひそひそ話すのは誰だ。それならば力競べをしようではないか」と建御雷神(たけみかづちのお)
の手を掴みました。建御雷神は手をつららに変えて、さらに剣(つるぎ)に変化させた。逆に建御雷神が建御名方神の手を掴むと、若い葦を摘むように握りつぶして放り投げたので、建御名方神は逃げ出した。建御雷神は建御名方神を追いかけ、科野国(しなぬこく)の州羽(すわ)の海まで追い詰めて殺そうとした。すると、建御名方神は「恐れ入りました。どうか殺さないでください。この土地以外のほかの場所には行きません。私の父・大国主神や、事代主神の言葉には背きません。天津神(あまつかみ)の御子(みこ)の仰せの通りに、この葦原中国(あしはらのなかつくに)を譲ります」と言い、建御雷神に降参した。

建御雷神は出雲に戻り、大国主神に再度訊ねた。大国主神は「二人の息子が天津神に従うのなら、私もこの国を天津神に差し上げます。その代わり、私の住む所として、天津神の御子が住むのと同じくらい大きな宮殿を建てて下さい。そうすれば私は百(もも)足らず八十坰手(やそくまで)へ隠れましょう。私の180柱の子神たちは、長男の事代主神に従って天津神に背かないでしょう」と言った。すると、大国主神のために出雲国の多芸志(たぎし)の小浜に宮殿が建てられ、水戸神の孫・櫛八玉神(くしやたま)が沢山の料理を奉(たてまつ)りました。

建御雷神は葦原中国の平定をなし終えると、高天原に復命しました。

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